劇光仮面 1巻

 若先生こと山口貴由先生最新作です。「覚悟のススメ」「衛府の七忍」などぶっ飛んだ作品で名をあげた方ですが、今回大分静かな立ち上がりです…。

 オープニングは浮世離れした青年、実相寺が大学の同じサークルだった友人、切通の葬儀に参列するところから。そのサークルが特撮美術研究会、通称特美研。特撮番組に登場するプロップを実際使用に耐えうるレベルで作ってみよう、と言う相当酔狂なサークルです。亡くなった元会長切通の遺言は「ゼノパドンを始末してほしい、劇光服を使用して。」

 劇光服とは特美研の思想に則って実際の使用を前提として作られた特撮コスチュームの事。切通がよく着けていた怪人ゼノパドンのコスチュームをヒーローのコスチュームで実際に破壊してほしい、という事です。

 かつての特美研の仲間、中野、芹沢、真理たちと実相寺の自宅に向かい、劇光服「空気軍神ミカドヴェヒター」を身に付けます。圧縮空気で日本刀を打ち出す仕様。非常に危険です。実相寺は作品中のイメージでこれを扱う為、過度のダイエットと筋トレで身体を絞り上げています。

 途中の回想で劇光服の由来も語られます。

「覆面ヴァイパー」の怪人に対する解釈の違いから造型した本人に話を聞く流れになった実相寺と切通。引退した造型作家、狭山から話された怪人のルーツは「人間機雷 伏龍」。完成せず、無為に若者の命を奪って行ったその悲しみと怨嗟が知らず怪人に反映されていたのです。

 そしてもう一つ。終戦直後、女子供をおもちゃにする進駐軍を誅するために仮面を着けて街を徘徊したのが「劇光仮面」。伏龍特攻隊の生き残りでした。

 現実に存在したヒーローと怪人。これに悲しみと憤りを感じた切通と「伏龍は美しい」と言葉に出した実相寺。この二人のぶつかり合いから特美研のコスチュームは実用性を帯びた物になり、「劇光」と呼ばれる活動に繋がって行くのでしょう。

 ミカドヴェヒターによる斬撃はゼノパドンを両断するまでは行かず、ヴェヒターの目からは内側に溜まった汗が流れ落ちます。涙の様に。

 後日、葬儀に間に合わなかった特美研最後の一人、成田が実相寺宅に現れます。電力会社に勤める彼女は「琵琶湖原発」の廃炉プロジェクトで働いていました。事故で取り出せる目処も立たない核燃料デブリ。取り出したら取り出したで保管場所もなく日本中をさ迷うであろうそれは正に現実に現れた怪獣とも言えます。

 焼香を済ませ、母校帝工大へ寄る事になった二人。

「今も”劇光仮面“やってたりする?」

 成田は実相寺に質問します。

 劇光服を実装して現実世界に干渉する。シナリオは用意せず、すべてフリースタイルで行動を選択する。状況によっては劇光服の性能を行使することもあり得る。

 …凶器を用意した自警団活動ですね。実相寺は否定しますが、言葉が出来ている以上、やったことはある、という事ですよね。

 かつての特美研部室はそのまま残っていました。…どちらかと言うと関わりを恐れて近寄らなかった、と言う方が近いでしょうか。扉にはメチャクチャな落書きが。その中には

「人斬り実相寺」

 なる文言も…。

 最近の作品には珍しく、1巻かけてもほとんど話が進んでいません。どういう方向性で行こうとしているのか、いまいちハッキリしません。山口先生の場合、鬱期…と言うか、明確にテンションが下がる時期があるのでソレか、とも思ったのですがそうでもないっぽい。

 まとめて読むとわかるのですが、この作品はキチンと構成が考えられている。おそらく予定通りの尺の使い方なんです。山口先生相当な自信を持って「劇光」を世に送り出しています。ならば我々読者は満を持して受け止めるだけでしょう。

 特美研の事件とは何なのか、切通の死因とは、実相寺はどこから来てどこへ行くのか。その行く末を待ちましょう。

 個人的に

「戦隊ヒーローは救済を待ちわびる者が一秒でも早く、その姿を確認し安堵できるよう、景色に埋没しない色彩を着装うんだ」

「特撮美術のド派手な塗装は戦闘ではなく人命救助に特化したもの」

 この結論は大好きです。これ言えるひとが鬱なものか。

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